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敬上慈下(きょうじょうじげ)



kokoroha  



 怒りや憎しみや怨みという感情は

人間の心から決して無くなりません。

しかし、だからといって感情のまま

に生きるというのは仏教に反します。

そう成れずとも、心がけて生きるこ

とが大切なのです。  




 法然上人の御教えに、敬上慈下

(きょうじょうじげ)というお言葉

があります。目上の人を敬い、目下

の人をいたわる心という意味です。

目上の方は人生経験が豊富でいらっ

しゃいますのでご尊敬申し上げまし

ょう、目下の方には自分の経験をお

伝えし、時には手を差し伸べること

も必要ですということです。この心

がけがあれば腹を立てることも減り

何より争いごとが少なくなります。

しかし私たちは常に穏やかではいら

れません。思い通りにならない人生

に憤りを感じ、時には心無い言葉を

発してしまいます。  





知恩院の木魚2




 怒りを抑えられないような出来事

が起こった時、私はすぐさま本堂に

上がりお念仏をお称えいたします。

最初は荒々しい声のお念仏も、時が

経つにつれて徐々に穏やかになって

参ります。「阿弥陀さま私をお救い

ください」と願いを込めてお称えい

たします。直ちに苦しみが無くなる

わけではありませんが、私にとって

お念仏ほど心があたたかくなるもの

はありません。このような私でも、

来世極楽浄土に救っていただけると

思うと、自ずと心があたたかくなっ

てくるのです。共々にお念仏をお称

えし少しでも穏やかな日々を過ごし

て参りましょう。



合掌 南無阿弥陀佛





ume



阿弥陀仏と 称える心 あたたかい



 
| 法藏院住職 | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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