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あの人の恩 ありし日を思う

 

 

 

anohito  

 

 

 

 私たちは多くの人に支えられていま

 

す。感謝の気持ちを伝えるためには、

 

何をすべきでしょうか。人それぞれ手

 

段は違うと思いますが、私は、私自身

 

が極楽に救われることこそが、一番の

 

恩返しだと思っています。そして、そ

 

のために日々お念仏を称えて暮らして

 

います。  

 

 

 

 

日想観

 

 

 

 

 9月は祖母が亡くなった月です。命

 

日が近づくと最期の言葉を思い出しま

 

す。当時の私は、寺の運営に関して悩

 

んでいました。祖母は亡くなる1週間

 

前に私を病室に呼び、ベッドに座らせ、

 

眉間にしわを寄せながら、怖い顔をし

 

て私に言いました。「あんたはええか

 

っこしいや、人前でいいところを見せ

 

ようとして見栄を張る。すぐに背伸び

 

をする。出来もせん大きなことを言っ

 

て、叶いもせん夢を語って、ほんまに

 

気をつけんといかん。あんたはあんた

 

のペースでいいから、焦らず地道に努

 

力せんといかん。忘れたらあかんで、

 

よう覚えときや」最期の力を振り絞っ

 

て伝えてくれた言葉には、祖母の優し

 

さが詰まっていました。生涯忘れられ

 

ない言葉です。自己研鑽を疎かにし、

 

寺の発展ばかりに目を向けていた私は、

 

自分を見直し布教を学ぶようになりま

 

した。これ以後「地道に努力」を心が

 

けています。  

 

 

 

 

 阿弥陀さまは「南無阿弥陀佛」と我

 

が名を呼べば必ず救うとおっしゃって

 

います。祖母の言葉を借りるなら、自

 

分のペースで、真面目に積み重ねるの

 

がお念仏だと思います。皆様にも、す

 

べての御恩に報いるためにお念仏をお

 

称えいただけたらと思います。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

 

 

 

追記

 

この夏、境内で咲いた蓮のお花です。

 

昨年は一輪も咲きませんでしたので、

 

喜びもひとしおです。皆様にとって

 

一服の清涼剤になれば幸いです。

 

 

 

24681312910137511

 

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 21:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
極楽浄土に思いを馳せる

 

 

 

gokuraku  

 

 

 

 世界的名医にも、治せない病気はあ

 

ります。人生は、思い通りにならない

 

ことばかりです。しかし、私たちが極

 

楽浄土に生まれることを望んで、「南

 

無阿弥陀佛」と称えたならば、阿弥陀

 

さまは必ずお救いくださるのです。  

 

 

 

 

 うちのお檀家さまで、今年1月に大

 

病を患われて苦しい思いをなさった方

 

がおられます。一時は死を覚悟したと

 

おっしゃっていました。その時、思わ

 

ず口から出たのは「南無阿弥陀佛」だ

 

ったそうです。普段は、辛いことがあ

 

ると「お父ちゃん、お母ちゃん」とお

 

っしゃっていたそうですが、苦しみの

 

中で死を覚悟した時に出た言葉は、お

 

念仏だったそうです。命が尽きると思

 

った時、私の声が聞こえたとおっしゃ

 

っていました。以前、法話の中でお伝

 

えした「辛い時こそ、南無阿弥陀佛、

 

苦しい時こそ、南無阿弥陀佛」という

 

言葉を思い出してくださったそうです。

 

半年が過ぎ、今は容態も落ち着いてお

 

られますが、依然、予断を許さない状

 

況です。そんな中、毎日ベッドでお念

 

仏をお称えになっておられます。「こ

 

の苦しみは、この世だけのもの、極楽

 

浄土に往ったらしんどいことは何もな

 

い、そう思って称えています」とおっ

 

しゃっていました。まさに、「極楽浄

 

土に思いを馳せて」お念仏をお称えに

 

なっておられます。  

 

 

 

hasu

 

 

 

 ベッドの上からかけてくださったお

 

電話で、私は涙を流しながら御礼を言

 

いました。そして、共々にお念仏をお

 

称えしました。あらためてお念仏の素

 

晴らしさを実感した出来事でした。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
倶会一処

 

 

 

kueissyo  

 

 

 

 境内の蓮の蕾を眺めていると母の笑

 

顔を思い出します。極楽は暑くも寒く

 

もないと申します。さぞ穏やかな気候

 

の中、ひかり輝く大輪の蓮を眺めてい

 

ることでしょう。寂しく思う日もあり

 

ますが、母の息災を感じると再会が楽

 

しみで少し笑顔になれます。  

 

 

 

蓮7

 

 

 

 俱会一処(くえいっしょ)とは、阿

 

弥陀経という経典に記されているお言

 

葉です。ともにひとところで会えると

 

いう意味です。死別により離れた者同

 

士が、極楽で再会を果たすことを意味

 

します。再会の条件は1つです。南無

 

阿弥陀佛と称えて暮らすことです。た

 

とえどんなに辛い別れ方をしたとして

 

も「助けてください阿弥陀さま」と願

 

いを込めて「南無阿弥陀佛」とお称え

 

すれば、亡き人も私たちも、阿弥陀さ

 

まが必ず極楽にお救いくださいます。

 

極楽には、苦しみも悩みも悲しみもあ

 

りません。究極の安楽の世界です。老

 

化も病気も戦争も災害もない世界です。

 

大地も水も空も、すべてが穏やかで、

 

いつも心地よい風が吹いています。花

 

は自ら光りを放ち輝いています。鳥は

 

優雅にさえずり、その声は仏の教えを

 

説いているのです。ただ様々な幸福ば

 

かりを感じるから極楽と呼ばれている

 

のです。そんな場所で私たちは再会を

 

果たすのです。これほど有難いことは

 

他にありません。  

 

 

 

知恩院 阿弥陀堂

 

 

 

 この世で出会った人とは必ず死別の

 

時がやってきます。しかし、南無阿弥

 

陀佛と称えて暮らせば、必ず再会でき

 

るのです。その日を楽しみに、共々に

 

お念仏をお称えして暮らして参りまし

 

ょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
人柄は その一言に あらわれる

 

 

 

hitogara  

 

 

 

 誰しも、心に刻む一言があるのでは

 

ないでしょうか。私が布教師を志した

 

頃、ある先生がこのようにおっしゃい

 

ました。「一助 (いちじょ) に成れる」

 

このお言葉が、今も私の中で強く生き

 

ています。

 

 

 

suiteki

 

 

 

 一助に成れるとは、例えば、私がお

 

念仏「南無阿弥陀佛」をお檀家さまに

 

お伝えしたと致します。そして、その

 

方が生涯にわたってお念仏をお称えく

 

ださったと致します。するとその方は、

 

必ず阿弥陀さまに救われて極楽浄土に

 

お生まれになられます。極楽浄土にお

 

生まれになられた方は、阿弥陀さまの

 

お導きによって、確実に仏さまに成ら

 

れます。そして、浄土という仏の世界

 

の主(あるじ)に成られます。つまり、

 

お念仏をお伝えするという行為は、一

 

仏一浄土(いちぶついちじょうど)の

 

一助に成れるということです。仏さま

 

は、私たちを苦悩からお救いくださる

 

救済者です。浄土とは、悩み苦しみの

 

ない浄らかなる世界、救済の地です。

 

先生は、救済者と救済の地が増えてい

 

くお手伝いが出来るということを「一

 

助に成れる」と表現なさったのです。

 

かなり次元の違う話ですが例えるなら、

 

お医者さまと病院を増やすお手伝いを

 

するようなものです。  

 

 

 

 

amida

 

 

 

 

 当時私は「この先生は一助に成れる

 

と心から信じておっしゃっている」と

 

感じました。その一言に先生の信仰心

 

とお人柄があらわれておられました。

 

私は今、阿弥陀さまのお力を心から信

 

じて、一仏一浄土の一助と成れるよう、

 

全力で「南無阿弥陀佛」をお伝えして

 

おります。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
心の弦 張り過ぎず ゆる過ぎず

 

 

 

kokoronogen  

 

 

 

 弓や楽器の弦は、まず張り方を覚え

 

て、自分で道具を調え育てていくこと

 

が大切なのだそうです。私たちの心も

 

自身で調え、そして育てていくべきな

 

のだと思います。  

 

 

 

 法然上人のお言葉       

 

  時には特別な時間を設けて念仏を

 

  申して、心も体も奮い起こし、調

 

  え、自身を念仏へと誘うべきです。  

 

 

 

 私は幼い頃から物事が続かず、母に

 

「堪え性がない」と言われていました。

 

未だに性格は変わらず、達成できない

 

目標がいくつもあります。また、一時

 

的に張り切り過ぎて体調を崩すことも

 

多々あります。恥ずかしいことですが、

 

お念仏に関しても同じことが言えます。

 

忙しさにかまけて、お念仏が二の次に

 

なってしまうことがあります。そんな

 

時私は、法然上人のお言葉を思い出し

 

ます。 朝夕のおつとめのお念仏ではな

 

く、特別に時間を設けて自身をお念仏

 

に誘うための別時念仏(べつじねんぶ

 

つ)という修行を積みます。時間の許

 

す限り好きなだけ南無阿弥陀佛とお称

 

えします。阿弥陀さまは我が名を呼べ

 

ば必ず極楽に救うとおっしゃっていま

 

す。私にとって別時念仏とは、今の苦

 

しみや悲しみは今だけのものであって、

 

極楽に救われれば味わうことはないの

 

だと再確認できる時間です。そして、

 

あらためてお念仏の継続を誓い、生活

 

の最優先に戻すための時間です。  

 

 

 

知恩院の木魚2

 

 

 

 心の弦は自分で張り方を覚えて、時

 

には張り直すことが大切なのではない

 

でしょうか。お念仏のみならず日々の

 

生活を見直し、時には共々に心の弦の

 

張り直しを致しましょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 20:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
天上天下唯我独尊

 

 

 

tenjou  

 

 

 

 天上天下唯我独尊(てんじょうてん

 

げゆいがどくそん)とは、お釈迦さま

 

がお生まれになられた時、七歩歩まれ、

 

右手で天を、左手で地を指しておっし

 

ゃったお言葉です。全世界で私より尊

 

い者はないという意味です。諸説あり

 

ますがこのお言葉には続きがあります。

 

今ここに生まれてきたが、これが迷い

 

の世界での最後の生であり、再び迷い

 

の世界に生まれ変わることはないとお

 

っしゃっています。つまり必ず仏に成

 

るというお言葉です。唯我独尊は、決

 

して傲慢な言葉ではなく成仏するとい

 

う宣言なのです。  

 

 

 

tanjou
 

 

 

 

 受け入れ難いことですが、実は私た

 

ちは様々な生き物として、多くの生ま

 

れ変わりを繰り返してきたのです。迷

 

いの世界での生まれ変わりを終え、す

 

べての苦悩から解き放たれた存在「仏」

 

に成るための教えが仏教です。お釈迦

 

さまのように、この世で仏に成ること

 

は出来ませんが、極楽に救われるため

 

のお念仏を称えることはできます。極

 

楽は確実に成仏できる世界です。お釈

 

迦さまは、成仏の手段として、極楽や

 

阿弥陀さまの存在を私たちに教えてく

 

ださいました。阿弥陀さまは「我が名

 

を呼べば必ず救う」とおっしゃってい

 

ます。南無阿弥陀佛とお名前をお呼び

 

すれば極楽にお救いくださるのです。

 

共々に極楽に救われることを願ってお

 

称え致しましょう。

 

 

 

2016.16

 

 

 

 多くの生まれ変わりを経て、ようや

 

く私たちに成仏の機会が巡ってきたの

 

です。この好機を無駄にせず共々に極

 

楽にお救いをいただき、成仏を目指し

 

ましょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
歩みの はやさ それぞれ

 

 

 

ayumi  

 

 

 

 

 春分の日と前後三日を合わせた計七

 

日間を春のお彼岸と申します。彼岸と

 

は、仏さまの住む世界のことを意味し

 

ます。浄土宗におきましては、阿弥陀

 

さまのおられる極楽のことを彼岸とし、

 

普段にも増して極楽に救われることを

 

願ってお念仏に励む念仏強化週間とし

 

ております。  

 

 

 

 

 南無阿弥陀佛とお称えし、阿弥陀さ

 

まにお救いをいただき、極楽に生まれ

 

るというのが、浄土宗の御教えです。

 

言わば、極楽が私たちの目的地です。

 

ただし、道のりは人それぞれです。早

 

く往かれる方もあれば、ゆっくりと歩

 

まれる方もおられます。たどり着かれ

 

る順も違えば、御教えを受け取られる

 

タイミングも違います。すぐに受け入

 

れられる方もいれば、疑う心が強くて

 

時間のかかる方もおられます。しかし、

 

極楽を目指してお念仏を称えていれば、

 

阿弥陀さまを信じる心は自ずとそなわ

 

って参ります。阿弥陀さまが私たちの

 

心を育ててくださるのです。まずは共

 

々にお念仏に出逢えたことを悦び、お

 

称え致しましょう。疑いの心があって

 

も構いません。称え続けることによっ

 

て信じる心は必ずそなわって参ります。  

 

 

 

 

道

 

 

 

 

 誰しも最初から信じきれているわけ

 

ではありません。もちろん私も不安な

 

気持ちのままお称えしておりました。

 

しかし、今は心から阿弥陀さまを信じ、

 

お念仏を称えております。信じること

 

ができたのは日々のお念仏の賜物です。

 

まずは、一日に十遍のお念仏をお称え

 

ください。そのお念仏は、間違いなく

 

彼岸への第一歩となります。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 21:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
やさしい言葉を贈ろう

 

 

 

yasashii  

 

 

 

 義母が脳梗塞を発症して2年が経ち

 

ました。当初は、家族の言葉を理解す

 

ることもできず、自分の意思を伝える

 

こともできませんでした。首を縦や横

 

に振っていても、意思とは異なるもの

 

でした。それでも私は精一杯、母に話

 

しかけました。  

 

 

 

 

 やさしい言葉を贈るには、相手が何

 

を必要としているのか、どうすれば楽

 

になるのか、我が身に引き当てて考え

 

ることが大切だと思います。しかし、

 

それがなかなかできないのが私たちで

 

す。阿弥陀さまは私たちを極楽に救う

 

ために、南無阿弥陀佛と称えるお念仏

 

をご用意くださいました。南無は助け

 

てください、阿弥陀佛はお名前です。

 

私を極楽に助けてください阿弥陀さま

 

という意味です。阿弥陀さまは「我が

 

名を呼べば必ず救う」とおっしゃって

 

います。その優しい御心から、私たち

 

の苦しみや悲しみを思って、どうすれ

 

ば救えるのかを懸命にお考えください

 

ました。そして誰もが称えられる易し

 

い言葉をご用意くださいました。お念

 

仏は阿弥陀さまからの贈り物です。有

 

難く頂戴し、お称え致しましょう。人

 

生を終えたのち苦しみのない世界に救

 

われるために、共々にお念仏をお称え

 

致しましょう。  

 

 

 

amida

 

 

 

 少しずつ言葉を理解できるようにな

 

ってきた母に、私はお念仏を伝えてい

 

ます。上手くは称えられませんが、阿

 

弥陀さまが母の願いを叶えてくださら

 

ないわけがありません。これからも母

 

に「南無阿弥陀佛」を贈りたいと思い

 

ます。これほど慈悲深いやさしい言葉

 

は他にないのですから。 

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
願うこころは 道をつくる

 

 

negau  

 

 

 

 明けましておめでとうございます

 

 

 

 皆さまは、「仏さまに自分の願い事

 

をしてはいけない」と言われたことは

 

ないでしょうか。亡き方の供養だけを

 

するのが仏教だとおっしゃる方がおら

 

れますが、これは私たち僧侶にとって

 

非常に悲しい言葉です。目先の欲望を

 

満たすためだけの願い事はつつしむべ

 

きですが、どうしようもない苦しみか

 

らの救いを求める時は、仏さまにおす

 

がりください。

 

 

 

知恩院 阿弥陀堂

 

 

 

 老いや病や死別など様々な苦しみが

 

私たちを襲います。時間はさかのぼれ

 

ませんし、世界的名医にも治せない病

 

はあります。出会った方とは必ず別れ

 

がやってきますし、断ち切れない悪縁

 

に苦しめられることもあります。世の

 

中は自分ではどうしようもないことば

 

かりです。苦しみから救われたいと願

 

うばかりです。そんな時こそ阿弥陀さ

 

まのお名前をお呼びするのです。阿弥

 

陀さまは、我が名を呼べば必ず救うと

 

おっしゃっています。阿弥陀さまを信

 

じ、極楽に救われたいと思えたなら、

 

それは真っ直ぐに伸びる明るい未来へ

 

の道を得たようなものです。願う心と

 

お念仏という行動がともなえば、極楽

 

に救われるという目標は必ず達成され

 

ます。千里の道も一歩からです。極楽

 

への道も今日のお念仏一声から始まる

 

のです。亡き方の供養のためにも自ら

 

が極楽に救われるためにも、共々に願

 

いを込めてお称え致しましょう。  

 

 

 

夕日

 

 

 

 何度道に迷っても、阿弥陀さまは私

 

たちをお見捨てにはなりません。私た

 

ちを救うために仏さまに成られたので

 

すから。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 07:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
前を見ながら 足元 忘れず

 

 

 

maewomite  

 

 

 

 今年も残りわずかとなりましたが、

 

皆様は年始に掲げた目標を達成できま

 

したでしょうか。法の藏1月号では、

 

日課念仏をお勧めしました。まずは、

 

おやすみ前に布団の中で十遍のお念仏

 

をお称えいただいて、のちにはご自身

 

の体調に合わせて日課の数を阿弥陀さ

 

まにお誓いくださいとお伝えしました

 

が、実行いただけましたでしょうか。

 

 

 

知恩院の木魚

 

 

 

 お念仏は、毎日称えないと極楽に救

 

っていただけないわけではありません。

 

阿弥陀さまや極楽の存在を信じる心を

 

育てるために毎日お称えするのです。

 

信心が身について参りますと、人生の

 

苦しみや悲しみを乗り越える力が湧い

 

て参ります。老いる苦しみ、病める苦

 

しみ、死別の悲しみ、数えればきりが

 

ないほど、私たちには苦悩が襲いかか

 

って参ります。しかし、今の苦悩は、

 

この世のものであって極楽には無いの

 

です。もう二度と涙が枯れるまで泣く

 

ことはないのです。そう信じることが

 

出来たなら、今よりも強く生きられる

 

のではないでしょうか。阿弥陀さまの

 

存在を疑い、本当に救われるのだろう

 

かと不安になるのは当然のことです。

 

正直に申しますと私自身も最初から信

 

じきれていたわけではありません。信

 

じきることは難しいのです。だからこ

 

そ信じる心を育てるために日課念仏を

 

お称えするのです。  

 

 

 

知恩院 阿弥陀堂

 

 

 

 阿弥陀さまは我が名を呼べば必ず救

 

うとおっしゃっています。極楽に救わ

 

れることを願い、日課念仏を続ける、

 

これこそが前を見ながら足元を忘れず

 

生きるということではないでしょうか。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 22:30 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

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