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実りをいただく幸せ

 

 

 

minori

 

 

 

 実りの秋と申しますが、作物を育て

 

るには、まず土作りが必要です。土を

 

たがやし、肥料をまき、ようやく種を

 

植えます。芽が出て、花が咲き、そし

 

て実がなるまでには、何年もかかりま

 

す。太陽のひかりと、めぐみの雨、そ

 

して、作物を育ててくださった方々に

 

感謝して、実りをいただきたいもので

 

す。  

 

 

 

 私は、幼い頃から念仏がそばにあり

 

ましたが、その有り難さに気づいたの

 

は、僧侶になってからでした。念仏は、

 

阿弥陀さまの修行の絶大な成果なので

 

す。阿弥陀さまは「仏に成り、私の名

 

を呼ぶ者を必ず救う」と誓われて、修

 

行を積まれました。私たちの想像を超

 

える過酷な道を歩まれた末に、念仏が

 

あるのです。

 

 

 

月影

 

 

 

 「おのが目の 力で見ると 思うな

 

よ 月の光で 月を見るなり」という

 

御歌があります。月を見て癒される私

 

たちは、自分の力で月を眺めているよ

 

うに思いますが、月の輝きがあってこ

 

そ眺めることができるのです。念仏も

 

同じように、自分の力で称えているよ

 

うに思いますが、阿弥陀さまの誓いと

 

修行があってこそ称えられるのです。

 

 

 

知恩院 阿弥陀堂

 

 

 

 「南無阿弥陀佛」とは、助けてくだ

 

さい阿弥陀さまという意味です。心を

 

込めてお称えすれば、この世で命が終

 

わるとき、極楽という世界に阿弥陀さ

 

まがお救いくださいます。極楽には、

 

病気も災害も戦争もありません。先立

 

たれた方々は、安楽の地で私たちを待

 

っておられます。阿弥陀さまの修行の

 

成果をいただく幸せをかみしめながら、

 

共々に念仏をお称えいたしましょう。

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 16:47 | comments(0) | - | pookmark |
あまねくわたる 仏のこころ

 

 

 

amaneku  

 

 

 

 秋分の日と、その前後3日を含めた

 

1週間(9月19日〜25日)を、秋彼岸

 

と申します。この期間、夕暮れ時は、

 

ぜひ西の空をご覧ください。春秋の彼

 

岸には太陽が真西に沈みます。私たち

 

を救うために、阿弥陀さまがご用意く

 

ださった極楽は、はるか西の彼方にあ

 

るのです。先立たれた方々は、今そこ

 

におられます。

 

 

 

日想観

 

 

 

 「あまねくわたる」とは、すみずみ

 

まで行きわたるという意味です。人々

 

を救いたいという仏のこころが、平等

 

に注がれていることを示しています。

 

阿弥陀さまは、「私の名前を呼びなさ

 

い」とおっしゃっています。南無阿弥

 

陀佛と称えれば、極楽に救ってくださ

 

るのです。すべての人を救うために、

 

易しい修行をご用意くださいました。  

 

 

 

 たとえば、世界中の人たちに万能薬

 

が配られたといたします。貧富や人種

 

の差別なく、全員に配られたとお考え

 

ください。それさえ飲めばあらゆる病

 

気が治り、健康に暮らせる薬があると

 

したら、誰もが服用することでしょう。

 

念仏とは、万能薬のようなものです。

 

そして称えることは、服用することの

 

ように、たやすいことです。  

 

 

 

amida

 

 

 

 私たちは、すでに救われる方法を手

 

にしています。そして、実行できるの

 

です。仏のこころは行きわたっていま

 

す。あとは救いを求めるかどうかです。

 

阿弥陀さまは極楽で、名を呼ぶ声を聴

 

いておられます。私たちを救うために

 

仏に成られた阿弥陀さまの力を、どう

 

か信じてください。共々に、夕陽に向

 

かって「南無阿弥陀佛」とお称えしま

 

しょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 20:26 | comments(0) | - | pookmark |
みんなに会える夏

 

 

minna  

 

 

 

 例年より早く咲いた今年の蓮は、ま

 

もなく最後の一輪となります。花が開

 

くたびに、極楽におられる方を思い出

 

していました。幼い頃、母に内緒でお

 

小遣いをくれた奥さま。私の法話を楽

 

しみにしてくださっていた先生。毎月

 

必ずお墓参りに来られていたご夫妻。

 

皆さん極楽に往かれました。今も私を

 

見守ってくださっていることでしょう。  

 

 

 

 

 

 

 極楽におられる方々は、思い通りに

 

どこにでも行ける力をお持ちです。つ

 

まり、度々私たちのそばに来ておられ

 

ます。しかし、残念ながらその姿を見

 

ることはできません。ですが、嘆くこ

 

とはないのです。普段は、いつ来てお

 

られるかわかりませんが、お盆には、

 

必ず全員でお越しになっています。御

 

礼を申し上げるには絶好の機会です。    

 

 

 

 「会いたいと 思った時が 会えた

 

時」と申しますが、今、世界中の人た

 

ちが、会いたい人に会えずに、悲しん

 

でおられます。大切な人の姿が見られ

 

ないことは、本当に辛いことです。し

 

かし、お互いが思い合っていれば、心

 

はつながっています。この世にいる方

 

も、極楽に往かれた方も、想いを凝ら

 

せば、すぐそばにおられるのです。ど

 

うかご安心ください。  

 

 

 

 南無阿弥陀佛と称えて暮らす私たち

 

は、常に、極楽におられる方々とつな

 

がっています。いつでもお会いできま

 

すが、特に夏には全員でお越しになり

 

ますので、盛大にお迎えいたしましょ

 

う。日頃の見守りの感謝を込めて、で

 

きる限りのご馳走をお供えし、心から

 

の念仏を称えて、お過ごしください。

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 10:43 | comments(0) | - | pookmark |
人の輪が 人の和に

 

 

hitonowa  

 

 

 

 以前、友人の結婚式でスピーチをさ

 

せていただいた時、ある方の言葉を借

 

りて、こんな話をしました。「好きな

 

時に、好きな場所で、好きな人と、好

 

きな物を食べられる幸せを大切にして

 

ください」。この幸せには、時間と場

 

所と健康と経済力が必要です。世界中

 

の人たちが、笑顔の輪の中で、この幸

 

せを味わえることこそが平和ではない

 

でしょうか。  

 

 

 

 

 

 

 浄土宗では、法要の最後に、「和や

 

かに調和している、大海のような集ま

 

りに入りましょう」という言葉を僧侶

 

同士で称えます。これは「極楽を目指

 

すもの同士、これからも集まりましょ

 

う」という意味です。あらゆる河川が、

 

海に流れ込めば、同じ海水になるよう

 

に、過去を問わず、尊重しあい、心を

 

一つにしましょう、ということです。  

 

 

 

 「奪いあえば足りず、分けあえば余

 

る」と言いますが、限られた食事を、

 

奪いあえば、全員には行き渡りません。

 

しかし、平等に分けあえば、全員が食

 

べることができます。自分だけが生き

 

残ることを目指すのか、全員が生きの

 

びることを目指すのかで、人の輪は、

 

不和にも和にもなります。同じ目的を

 

持つ人の輪は、和やかになるのだと思

 

います。  

 

 

 

 

 

 

 生まれた時から、手の届くところに

 

念仏があった方、大切な人の死をきっ

 

かけに、念仏と出会った方。念仏との

 

縁は人それぞれですが、称える人の輪

 

に上下関係などありません。共に救い

 

を求めて、阿弥陀さまの名を呼ぶので

 

す。私は、念仏の輪が人の和の「礎」

 

になることを願っています。

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

 

※ 今年も蓮の花が咲きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 09:29 | comments(0) | - | pookmark |
たまには 心も雨やどり

 

 

 

tamamiya  

 

 

 

 にわか雨に降られて、木陰や軒先で

 

雨やどりすることはよくありますが、

 

こころに降る雨から身を守る場所は、

 

なかなか見つかりません。悲しみの中

 

で冷え切った体をあたためてくれる場

 

所を、みなさまはお持ちでしょうか。

 

こころあたりがない方は、見つけてお

 

くべきだと思います。  

 

 

 

amida

 

 

 

 私にとっては、阿弥陀さまのおそば

 

である本堂が、最上の雨やどり場所で

 

す。誰にも言えないことも、静かに聴

 

いてくださいます。そして広大な慈悲

 

により癒されるのです。慈悲とは、苦

 

を除き、楽を与えてくださることをい

 

い、「抜苦与楽(ばっくよらく)」と

 

も申します。こころに刺さったトゲを

 

抜き、安らぎを与えてくださるのです。  

 

 

 

 

 「人生の 坂に仏の 慈悲の杖」と

 

いう歌があります。登り坂や下り坂、

 

足もとがおぼつかない時には、杖があ

 

ると安心です。転ばぬ先の杖というよ

 

うに、事が起こる前に、手にしていた

 

だきたいと思います。苦悩をかかえな

 

がら生きている私たちには、仏さまの

 

教えという支えが必要です。どうか、

 

立ちあがれなくなる前に、慈悲の杖を

 

つかんでください。  

 

 

 

suiteki

 

 

 

 私は、こころの雨やどりがしたいと

 

いう方が、気軽に立ち寄れる寺づくり

 

を目指しています。すべての人が救わ

 

れる阿弥陀さまの教えを、一人でも多

 

くの方にお伝えすることが、私のつと

 

めです。「南無阿弥陀佛」の教えこそ、

 

誰もが手にすることのできる慈悲の杖

 

です。どうか念仏をお称えください。

 

あなたの「こころに降る雨」は、必ず

 

あがります。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 11:03 | comments(0) | - | pookmark |
声はげまし もう一歩

 

 

 

koehagemashi  

 

 

 

 先日、法事の延期を望まれる方から

 

電話がありました。「楽しみにしてい

 

たのに残念です」と言われたあと、続

 

けてこうおっしゃったのです。「法事

 

は来年つとめることになりましたが、

 

念仏は毎日欠かさず称えることを約束

 

します」。私を励ますために言われた

 

わけではありませんが、不安の中で弱

 

っていた心に灯がともりました。  

 

 

 

 

御影

 

 

 

 

 法然上人は「一人こもって念仏を称

 

えることができなければ、仲間と共に

 

称えなさい」と書き残されています。

 

日々、念仏を称えると決意しても、環

 

境や精神状態によって挫折することも

 

あるかと思います。そんな時は、同じ

 

ように念仏を続けている人と共に励ま

 

し合いながら続けていきなさい、とお

 

っしゃっているのです。  

 

 

 

 

知恩院の木魚2

 

 

 

 

 本来は、5月23日(土)午後2時

 

から法話会を開催する予定でしたが、

 

社会情勢により中止することに致しま

 

した。そこで、同日同時に、それぞれ

 

の場所で念仏をお称えしたいと思いま

 

す。私は1時間つとめますが、皆様は

 

出来る範囲でお称えください。その時

 

間、私たちは念仏によってつながって

 

います。祈りをささげましょう。  

 

 

 

 

 人生の苦難を乗り越えるには支えが

 

必要です。人とのつながりこそ支えで

 

はないでしょうか。念仏は、私たちを

 

一つにしてくれます。阿弥陀さまの名

 

前をお呼びして、共々に救いを求めま

 

しょう。お互いに声をかけ、励まし合

 

いながら、一歩ずつ生きていきましょ

 

う。くじけそうな時こそ大きな声を出

 

し、心をふるい立たせましょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 11:56 | comments(0) | - | pookmark |
咲いて散って また咲く準備

 

 

 

saitechitte  

 

 

 

 鉢植えの蓮は毎年植え替えが必要で

 

す。もう間もなくその時期がやってき

 

ます。真夏に大輪の花を咲かせた蓮は、

 

枯れたのち泥の中で少しずつ蓮根が育

 

ち、冬を越すのです。そして、春には

 

古い土から新しい土へと住まいを移し、

 

再び夏の日差しの中、花を咲かせます。

 

私たちも蓮と同じように、やがて住ま

 

いを移す時がやってくるのです。  

 

 

 

 

 先月、義母が亡くなりました。4年

 

間、在宅介護をしていたので、義理の

 

母とは思えず、実の母を見送った心境

 

です。涙することもありますが、極楽

 

にいると思うと少し気持ちが和らぎま

 

す。母はこの世を去りましたが、消え

 

てなくなったのではありません。極楽

 

の池の上で、蓮の花につつまれて咲く

 

準備をしています。  

 

 

 

はす6

 

 

 

 「散るさくら 残るさくらも 散る

 

さくら」という御歌があります。さく

 

らの枝には、風に吹かれて散る花びら

 

と、残る花びらがありますが、残った

 

花びらもやがて散るのだという御歌で

 

す。私たちも花びらと同じように、家

 

族を見送り、そして自分が見送られる

 

日がやってきます。世の常とは申しま

 

しても本当に辛いことです。  

 

 

 

大阪城 桜

 

 

 

 しかし、決して辛いことばかりでは

 

ありません。南無阿弥陀佛と称えると

 

阿弥陀さまが極楽に救ってくださいま

 

す。死別は、逝く者も残る者も苦しみ

 

をともないますが、それだけではあり

 

ません。念仏を称える者は、極楽で花

 

開き、残された者を導く存在として生

 

まれるのです。共々に、花咲き誇る蓮

 

池を想い、お導きを信じて生きていき

 

ましょう。

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 20:12 | comments(0) | - | pookmark |
心は同じ 花のうてなぞ

 

 

 

kokoroha  

 

 

 

 今月8日は母の命日です。亡くなっ

 

て10年が経ちました。思い出すと辛

 

いこともありますが、母との約束が生

 

きる支えになっています。春秋のお彼

 

岸は、極楽に想いを馳せるためのもの

 

ですが、私にとっては約束を再確認す

 

る季節です。皆さまは、どのようなお

 

気持ちでお過ごしになるのでしょうか。  

 

 

 

 

 こころは同じ花のうてなぞとは、極

 

楽に生まれることを願い念仏を称える

 

者同士は、やがて花のうてなで、再会

 

できるのですよ、という御歌です。う

 

てなは、「台」と書きます。蓮の台座、

 

蓮台(れんだい)のことです。私たち

 

は、極楽で蓮の花から生まれるのです

 

が、その花の中央に蓮台があります。

 

「花のうてな」は再会の場所「極楽」

 

を示しています。  

 

 

 

 

はす1

 

 

 

 

 「あの世から この世は 見えて 

 

さし向かい」という御歌があります。

 

私たちから極楽の様子は見えませんが、

 

極楽から私たちの様子は常に見えてお

 

ります。透き通る池の上で、蓮台に乗

 

り私たちを見守ってくださっています。

 

そして、導いてくださっているのです。

 

このお彼岸には、念仏を称え、大切な

 

亡き方とこころを通わせましょう。  

 

 

 

 

 私は母と、極楽での再会を約束しま

 

した。つまり念仏を称え続けることを

 

約束したのです。時に人生は、冬のよ

 

うに厳しく辛いものですが、春の来な

 

い冬がないように、念仏を称えていれ

 

ば、極楽に生まれることは間違いあり

 

ません。先立った人たちや、残してい

 

く人たちとの再会を楽しみに、日々念

 

仏を称えて暮らして参りましょう。

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 07:35 | comments(2) | - | pookmark |
よく聞き考え 自分のものに

 

 

 

yokukiki  

 

 

 

 亡くなった父の言葉が、最近ようや

 

く受け入れられるようになってきまし

 

た。若い頃は聞く耳を持てず、反発ば

 

かりしていましたが、今になって思う

 

と、私のために言ってくれていたのだ

 

と感謝することがあります。中でもよ

 

く言われたのは「本を読め、文字を書

 

け、人に会え」でした。気がつけば、

 

後輩に同じことを言っています。   

 

 

 

御影

 

 

 

 法然上人は「ただひたすら念仏する

 

べきです」とおっしゃっています。こ

 

れは、極楽に生まれることが私たちに

 

とって何よりの幸せだからです。家族、

 

友人、恋人とは、どんなに離れたくな

 

くても、必ず別れの日がやってきます。

 

今の幸せは長くても百年の幸せです。

 

この世に永遠の幸せはありません。し

 

かし、共に念仏を称えて暮らしていれ

 

ば、大切な人とは極楽で再会できるの

 

です。  

 

 

 

 よく考えてみてください。幸せだと

 

思う時間が、極楽で永遠に続くのだと

 

したらどうですか。病気も老化も災害

 

も戦争もない世界で、大好きな人と穏

 

やかに暮らせるとしたら、そのために

 

必要な行動こそが最優先ではないでし

 

ょうか。それこそが「南無阿弥陀佛」

 

と称える念仏なのです。  

 

 

 

 法然上人の言葉を素直に聞き、本当

 

の幸せについて考え、念仏を称えて暮

 

らしていれば、教えを自分のものにし

 

たと言えるでしょう。どうか、共に極

 

楽に生まれたい人に念仏をお勧めくだ

 

さい。共に称えることによりその人と

 

の幸せは、永遠のものになります。た

 

だひたすら念仏を称えることこそ、私

 

たちがなすべきことです。

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

| 法藏院住職 | 21:10 | comments(4) | - | pookmark |
「おはよう」笑顔かがやく

 

 

 

ohayou  

 

 

 

 元気に挨拶をすることは、相手が笑

 

顔になる、とても素敵なことです。良

 

好な関係を築くきっかけになるのでは

 

ないでしょうか。一日に一つだけでも

 

何か善い行いをすることを「一日一善」

 

と言いますが、「おはよう」は一善と

 

言えるでしょう。ほんのささいなこと

 

ですが、お互いに心がけたいものです。  

 

 

 

 

 善い行いといえば、なんといっても

 

「南無阿弥陀佛」と称える念仏です。

 

一日に一度は、念仏を称える時間を持

 

ちたいものです。私はこれを「一日一

 

念」とお伝えしております。念仏は、

 

時間も場所も服装も選びませんので、

 

いつどこでどんな姿で称えていただい

 

ても構いません。「南無阿弥陀佛」と

 

阿弥陀さまのお名前をお称えし、極楽

 

への救いを求めましょう。  

 

 

 

 

 ただ、そうは申しましても、毎日、

 

阿弥陀さまを想い、かかさず念仏を称

 

えるのは、本当に大変なことです。私

 

たちの日常は決して穏やかな日ばかり

 

ではありません。体調の悪い日も、機

 

嫌の悪い日もあります。反対に、趣味

 

や娯楽に熱中し、忘れてしまうことも

 

あるでしょう。喜怒哀楽の人生で、念

 

仏どころではないという日もあります。  

 

 

 

 

amida

 

 

 

 

 しかし、そんな私たちでも阿弥陀さ

 

まは、決して見捨てたりなさいません。

 

念仏する者を見守り、極楽に救いとっ

 

てくださるのです。挨拶は人と人とを

 

つなぐもので、念仏は阿弥陀さまと私

 

たちをつないでくれるものです。 どう

 

か、阿弥陀さまとのご縁を結んでくだ

 

さい。今年も「一日一念」、共々にお

 

称えいたしましょう。 

 

 

 

合掌 南無阿弥陀佛

 

 

 

 

| 法藏院住職 | 07:39 | comments(0) | - | pookmark |

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